2022年01月31日
修理工場のように見えた新築病院
治療に通っている総合病院が、市内中心部から郊外に新築移転した。建物の手狭さと老朽化によるもの。廊下の幅は、検査のため入院患者がベッド移動すると、通路がふさがれるほど。駐車場も狭く患者が多い日は、誘導員がいなければ立ち往生することも度々だった。
新築の病院に先日初めて行った。8階建ての建物の前に、誘導員を必要としない広々とした駐車スペースがあった。エントランスホールに入ると、廊下の幅はかつての倍ほどの広さになっており、動線の不便は解消されていた。
しかし困った変化が起きていた。総合受付、診療受付、会計、院内での薬の受け取りがすべてバーコード処理になっていた。総合受付に担当者はほとんどおらず、替わりにATMのような機械が置かれ、受診予約表のバーコードをかざすと、外来基本票が出てきた。この票のバーコードが後の処理に使われた。会計は自動精算機での支払いだった。さすがに医師は、私の体にバーコードリーダーを向けなかったが。
以前は事務員や薬剤師も「顔見知り」の外来患者に「今日は顔色がいいね」とか「帰りの運転は気を付けて」とさりげなく声をかけていた。しかしその職場が、壁で仕切られ、人の姿が全く見えなくなっていた。無人の物流倉庫の中を、バーコードを読み取られながらベルトコンベアで運ばれる段ボール箱のような気持ちで病院を出た。
病院は決して機械の修理工場ではない。デジタル庁の設置より、アナログな肉体と精神を持つ人間が快適に暮らせる社会を支える、アナログ庁を望む私だから余計にそう感じた。