2018年11月06日

しめかざり

しめかざり

 年の暮れになると、祖父は毎年ワラの束を抱えて帰ってきた。正月用玄関飾りのしめかざりを手作りするためだ。新年を迎えると、周りはどの家もしめ縄を丸くした鶴の形の物を飾っている。我が家だけ、海老をかたどった棒状の物だ。一軒だけ異質な飾りに、子供のころは同調心の強かった私は、餅のひびのように心がかさついていた。

 祖父はワラを足の親指に掛け、縒り上げて縄を作り細い箇所から太い部分へと造形した。胴下にワラを差し込み足の形に。二つと無い飾りの手順をぼんやりと覚えている。

 そんなこともあってか、しめかざりの形には興味を持ち続けている。各地のお節料理を紹介する正月のTV番組でも、料理よりも瞬時しか映らない、その家の軒下のしめかざりに目を凝らしてしまう。

 本書は、しめかざりについて考現学的に編纂した画期的な本。この1冊でしめかざりのほぼすべてが分かる。著者の森須磨子さんは、美大の卒業制作のテーマとして取り組み、以来、全国しめかざり探訪は、20年近くになる。購入が叶えば、背負って帰宅するうちに400点にもなった。

 本書の1章はオールカラーで、鶴、宝船、海老などの5系統の形を紹介。2章は探訪の旅から山形・埼玉・香川・福岡を抜粋。作り手たちとの交流などを綴っている。3章はしめかざりの構造や飾りについての解説。「しめかざりは神道ではなく習俗。庶民が自然と向き合うために生み出した道具ともいえる」と著者は言う。

 掲載されたしめかざりの写真は、紙垂、橙、譲葉、裏白などの装飾をはずしている。ワラがかたどる「素のかたち」が発する情報にこそ「作り手のこだわりや情熱まで感じる」そうだ。私は「素のかたち」に民芸の趣を感じた。柳宗悦らは、1920年代末期に日本各地の日常雑器、日用品など、無名の工人による民衆的工芸品の中に「用の美」を見出し、それらの作品を民芸と呼んだ。

 しめかざりは、新年の幸福と豊作をもたらす正月の神様である年神様を迎えるため、門や玄関などに飾られる。正月が終わると取り外され、「どんど焼き」で燃やされ、10日間ほどでその「用」の賞味期限を終える。

 本書からしめかざりの背景にある歴史や、作り手が込めた気持ちを思い、伝統的デザインの面白さに目を向けてはどうだろうか。ハロウィンやクリスマスツリーの飾りにばかり気を配るのではなく。


書名『しめかざり―新年の願いを結ぶかたち』 
著者:森 須磨子 出版社:工作舎 価格:2,700円(税込)



Posted by kotota at 16:40│Comments(0)書評正月
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