ホームズ時代からのアフガンの苦悩
私は、小・中学生の頃はほとんど小説を読まない子だった。しかし中2の時、コナン・ドイル作「シャーロックホームズ」全8冊を読んだ。創元推理文庫だったと思う。何が発端だったか、クラスの4、5人で競うようにシリーズを読んだ。
一番記憶に残っている作品は『踊る人形』。依頼者の妻宛ての手紙や自宅の柵、ドアなどに書かれた人形が踊っているような絵文字。ホームズがこの暗号を解読し、事件を解決するというストーリーだ。この本で、英語の文章には、アルファベットのEが一番多く使われているという雑学も得た。作品ではアルファベット26文字のうちいくつかの絵文字が抜けていた。読書仲間で欠けた文字を創作し、授業中にこっそり渡すメモや年賀状に「踊る人形」で文章を書いて遊んだ。
ホームズの物語に夢中になったのは、彼の観察眼と分析力と演繹(えんえき)推理学に魅了されたからだ。しかし、19世紀後半の英国の時代背景や社会の仕組みを知らないと、ストーリーについていけない個所もあった。「英国軍医が苦難を経験し、腕に負傷を受けてしまうような所がある?アフガニスタンをおいて他になし」。ホームズが初対面のワトソン博士をアフガン戦争の帰還者と見抜いて驚かすが、中2の少年たちはその戦争の知識を全く持ち合わせていなかった。
アフガンはその後、20世紀前半に大英帝国の支配を離れ、同後半のソ連軍の侵攻も撃退し、8月末にはタリバンの政権奪回の混乱のなか、米軍が突然の撤収。ホームズでも、1世紀半後までのアフガンの苦難の歴史は推理できなかっただろう。アフガンはどこに向かう。
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